自ら問い動く組織への変革|片桐真伯 平成興業 代表取締役社長 Part 1

「人生を、もっとアライブに。」新屋号が示す未来への挑戦

片桐真伯/KATAGIRI MASANORI 株式会社 平成興業 代表取締役社長

(かたぎり・まさのり)
1995年6月生まれ、茨城県水戸市出身。学習院大学法学部法学科を卒業後、ホテル運営企業を経て、2019年に平成興業に入社。2023年2月に祖父より会社を継承し代表取締役社長に就任。

片桐 高校までは茨城にいて、中学、高校と卓球に打ち込んでいました。小学生の頃はサッカーが好きだったんですが、何か新しいスポーツをしてみたいと思い選びました。当時、水谷隼選手や石川佳純選手が活躍していて、スポーツの種目として注目度が高まっていました。大学は学習院大学に進み、演劇サークルで舞台照明を担当していました。

片桐 中学生くらいからです。現実感を持ち始めたのは大学受験の頃あたりで、家業を継ぐとしたら、何を勉強しておけばいいだろうかと逆算して考えました。社会人の先輩や近親者、祖父(当時の社長)の知人の方などに助言を求め、結果的に法学部法学科を選びました。少しでも早めに私という人間を知ってもらった方がいいだろうという、祖父と親しい方からのアドバイスがきっかけで、大学生の頃には何度も会社に行きました。全店長が参加する会議に参加させていただいたり、会社のレクリエーションイベントを企画したり。私も、社員の方々と触れ合うことで、平成興業はどういう会社なのか、どんな方がいるのかを知っていきました。

片桐 人と触れ合うことが好きだったので、ホテル業界を志望しました。将来的にパチンコホールでお客様に接することにつながるだろうという考えもありました。配属されたのは高級ダイニング&バーでした。大きな学びになったのは、お客様が楽しい時間を過ごせるように、裏側ではチームが密な連携をしているということです。コース料理を中心に提供するお店だったので、ひとつのテーブルに複数人が関わります。お客様がどんな食材が苦手だとか、魚料理と肉料理のどちらを選ばれたかという情報を、お店側がチームとして共有することで、お客様同士の会話を遮ることなく、スムーズに提供できるのです。

片桐 お客様からチップをいただいたことです。日本人のカップルのお客様でした。男性の方から、「この料理に合うカクテルかワインはある?」と質問されたときに、ちょうど職場内で勉強会をしたばかりだったので、丁寧にご説明できました。お食事を終えたときに、「ありがとう」とチップを渡していただきました。日本のレストランでチップをいただくことは非常に珍しいですし、心から喜んでいただけたと実感できてとても嬉しかったことが、印象に残っています。

片桐 入社した当初は本社の営業部門という全店をサポートする部門で補佐的な仕事をしながら営業の流れを学び、その後、旗艦店に異動しました。それから数カ月してコロナ禍になりました。この間に、将来経営者になるなら財務を知っておく必要があるだろうと考え、財務部門に異動して会社全体のお金の流れを学びました。コロナ禍という大変な状況だったからこそ、銀行やリース会社との折衝はすごく勉強になりました。それぞれの金融機関の考え方などを知ることができました。同時に、営業部門の視点では見えにくい会社の課題が見えてきました。

片桐 私が代表になった時は、まだ祖父が代表取締役会長として存命でした。存命の間に会社を承継できたことで、社長就任にあたって多くの方からお祝いをいただいた姿を祖父に見せることができて、「孝行できた」と思っています。

片桐 当社の1号店(創業店)の閉店です。祖父が50歳で事業を立ち上げた事業の原点であり、思い入れが強い1号店です。しかし老朽化していて、先は長くない。私は「選択と集中」すべきだと考えましたが、祖父は承認してくれないかもしれないと、とても緊張していました。結果的には承認いただけました。

片桐 「代表になった私がここで閉店を提言しないと、現場の社員の士気が下がる」と思っていました。投資することができない、浮上する見込みの薄い店舗で働く社員は、どうしても顔が暗くなっていきます。私は、それらの店舗を閉めることが、「社員がこれから先に前向きに生き生きと働けることにつながる」と信じていました。

>>> インタビュー Part 2(7月17日に公開予定) へ続く

左:聞き手=松林孝征(パック・エックス社長)、右:片桐真伯 代表取締役社長

この記事をシェアする
  • URLをコピーしました!
目次