三代目が目指す「多様性」の実現|徳田 智一 株式会社 三栄 代表取締役社長 中編

島根県、鳥取県を中心に「ジャンボ」の屋号でパチンコホール8店舗を展開する三栄ジャンボグループ(島根県松江市)。2026年4月に代表取締役に就任した徳田智一氏は、常務だったコロナ禍に、反対する経営陣を説得し、回転すし店2店舗のM&Aに踏み切った。その後、会社はフィットネス、居酒屋、複合カフェ、農業へと事業多角化を進めることになった。多角化の必要性を強く主張してきた徳田社長は、創業家の長男として後継者としての宿命を受け入れつつも、常に「既存のレール」に抗い、「新たな会社のありかた」を模索してきた。

文=田中 剛(Answers 編集長) text by Tanaka Tsuyoshi

>>>学生時代、そして他法人での修業時代のエピソードは前編をご覧ください。

──店長時代の印象的な出来事は何でしょう?

徳田 入社して3年くらい経った30歳の頃、創業店である『ジャンボパレス店』の店長をやっていました。規模が小さいし、古いし、グループの中ではあまり大きな予算をかけられない店舗なんです。新台導入による集客を図るのではなく、再来店をもっと強くする施策はないだろうかと、いろいろ考えました。屋上に巨大なクリスマスツリーを設置してみよう、天皇誕生日に巨大な国旗を掲げよう、駐車場で山羊(ヤギ)を飼えば山羊の様子を見たさに来店頻度が高まるんじゃないか……。まあ、ことごとく社長(現会長)や役員、営業部長に却下されました。ただ、山羊はだめでしたが、店内に水槽を置いてウーパールーパーを飼うことは認めてもらいました(笑)。

──社長の息子といえども、山羊は買ってもらえなかったのですね?(笑)

徳田 そういったことを試してお客さんに楽しんでもらいたかったので、悔しい気持ちもありましたが、内心では「そりゃ、そうだろうな」と思ってました(笑)。でも、私にはもうひとつの狙いがあって、「既存の考えから逸脱した提案をする姿」を社員に見せたかったんです。冷ややかに見ている社員もいたと思いますが、「次期社長は、固定概念に縛られず面白いことをやろうとしている」と伝えたかった。その頃から、「将来は、いろんなアイデアが出てくる会社にしたい」という考えがあんたんです。

──その頃すでに飲食やフィットネス、農業などへと多角化していたのですか?

徳田 いいえ、まだです。7、8年前に役員になり、会社の将来像を考えた時、私が一番に思ったのが、「従業員の子どもたちが、『三栄に入りたい』と言ってくれる会社にしたい」ということでした。ただ、「お父さん、お母さんが働いている三栄という会社は面白そうだけど、パチンコは自分に合わない」という子もいるはずなので、受け皿を広げたいと思ったのです。ですから、パチンコ事業とのシナジーよりも、地域を盛り上げ、社内の雰囲気を明るくすることを優先して、新しい事業に挑戦したいと考えました。

──異業種に乗り出した具体的なきっかけは?

徳田 コロナ禍で決断した回転すし事業のM&Aです。2022年に、鳥取の境港の2店舗の譲渡話が来たのですが、「コロナ禍で本業も苦しい状況で何を言っているんだ」とか「飲食ビジネスのノウハウがない」と、社内は全員反対でした。まだコロナ禍で、お客さんが来ないという、非常に厳しい状況でしたから、無理もないことだと思います。ただ、当時の社内には停滞感があったので、ここで未経験の領域に乗り出して成功させて、その雰囲気を打破したかったのです。

──成功の確信はあったのですか?

徳田 成長軌道に乗せられることの根拠となる数字を示しながらプレゼンしましたが、かなり強気に出した数字でした。実際は、「できるはず」という気持ちと「本当にできるだろうか?」という気持ちが、ちょうど半分半分でした。元の運営会社の方々はほとんど残ってくれたので店舗は回りますが、背水の陣で私も現場に入っていちから仕事を覚えました。それと同時に、「安さではなくクオリティで勝負する」という方針を打ち出して、思い切った値上げをして屋号も変えました。結果として、売上は毎年前年を上回り続けています。

──その方針変更は当初から考えていたのですか?

徳田 基本的には、観光客が増えれば売り上げや利益も上向きますが、観光の回復だけに頼るわけにはいきません。競合店もたくさんあります。M&Aを検討している時点から、商品のラインアップや、価格を変更する必要があると思っていました。燃料費や仕入れが上昇しているので、いまも値上げしなければならない状況ですが、値上げは本当に勇気がいります。「お客さんが減るのでは?」という恐怖があります。とはいえ、初めての異業種への挑戦で結果を出すことができ、自信になりましたし、周囲の目も変わりました。会社の雰囲気も変わり、その後、弟が提案したフィットネス事業や居酒屋に参入することにつながりました。

──農業にも参入されていますが、これは遊休不動産を活用した「植物工場」ですか?

徳田 鳥取県の農家さんに畑を借りて、特産品である白ネギを作っています。2年前に始めたばかりでまだ実験段階です。将来的には、障害を持つ方やメンタルが弱っている方と一緒に野菜を生産し、そういった方々の生きがい創出と生産者の人手不足という社会課題を解決する「農福連携」をカタチにしたいという目標があります。農業は、機械化と農地の拡大で効率化しないと収益化が難しいので、これを本格化していき、3年後の黒字化を目指していきます。いま、多角化の話ばかりしてきましたが、実は、パチンコ事業の拡大にも挑戦します。

──いろいろな事業の選択肢がある中で、なぜパチンコ事業なのでしょう? 

徳田 中小企業としての使命感に他なりません。大手企業による寡占化が進めば、お店は画一化され、パチンコ本来の「多様な営業スタイル」や「小回りの利いた面白さ」が失われてしまいます。地域の皆様に、ワクワクする多様な娯楽の選択肢を提供し続けるためにも、弊社は出店という挑戦を続け、独自の価値を創造していきたいんです。

後編へ続く(9月28日に公開予定)

前編はこちらです。

徳田 智一 株式会社 三栄 代表取締役社長

徳田智一(とくだ・ともかず) 
1983年8月生まれ。大学卒業後、福岡県のパチンコホール企業で3年間の勤務を経て、2009年に三栄に入社。2026年4月に代表取締役に就任。業界団体のMIRAIぱちんこ産業連盟では2025年より青年部会長を務める。

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