パチンコホール企業の給与水準は他のサービス業と比較すると高めだ。その給与水準はどのような背景があるのだろうか? また、これからはどのように給与を決めるべきなのだろうか? ホール企業の人事に詳しい人事コンサルタントの内田大介氏(Bagus代表)に聞いた。
文=田中剛(Answers 編集長)

パチンコホール企業の給与の変遷
─パチンコ業界の報酬(給与)制度は時代背景に応じて変化してきたのですよね。
内田 ざっと振り返ってみましょう。ご承知の通り、パチンコホールの店長は同世代と比較してかなり高い給与をもらっていますし、それに憧れて業界入りした方も多いはずです。多くの場合、基本給は役職に対応していたので、職務給だったと言ってよいでしょう。1990年代半ば以降、新規学卒者採用が始まり、新卒採用の目的で報酬制度が作られます。高めの基本給を提示しつつ、勤続・年齢を重視する年功給の色合いが強い「メンバーシップ型」(職能型)の制度が主流となりました。後にも触れますが、このとき、現在のように業界が縮小することは想定されていなかったのです。2005年頃から業界の縮小傾向が鮮明になってきたことで、年功給の色合いが強い「メンバーシップ型」の制度では、人件費が膨らんでいくという懸念が意識されるようになりました。
─成果主義へのシフトを試みた企業もあったのでは?
内田 パチンコホール企業に限った話ではありませんが、成果主義は社員が個人主義に陥ったり、モチベーション低下を引き起こしたりして、離職率が高まるなどの弊害もありました。結果として、うまく定着しなかったように思います。それと同時に、パチンコホールの採用はますます困難になり、人手不足感が高まってきました。つまり、企業側に「社員に辞めてほしくない」という気持ちが強くなってきたのです。とはいえ、年功給の色合いが強い報酬制度を基本にしているので、ミドル・シニア社員の給与が他サービス業と比較して高く、企業にはこれが負担になっています。5年ほど前から、早期退職制度の導入も散見されるようになりましたが、私が聞いている範囲では、この制度の利用者は非常に少ないようです。

パチンコ業界の「給与」の問題点
─問題に対処しようと、報酬制度の刷新や修正が試みられてきたのですね。
内田 何もしなかったわけではないのですが、やや近視眼的というか場当たり的だったと思えます。その結果、何が起こっているかというと、制度の課題を抱えている企業様からの相談をうかがっていると、「いまある評価制度ではちゃんと評価できてない」という課題が多い。評価項目はあるものの、その内容が現状にマッチしていないのではないかという問題意識がおありです。また、「評価と報酬が見合っていないのではないか」というお話も多いです。そもそも、現状、班長・主任・副店長・店長といった各役職の給与テーブル(号俸表)が決まっている場合でも、多くの場合、実はその根拠がはっきりしていないのです。
─「ミドル・シニア問題」も多くのパチンコホール企業が抱えている課題ですよね?
内田 はい。店長になっていないミドル・シニア社員の給与は他サービス業と比較して高いという現実があります。しかし、現状の給与水準を維持したまま他業種に移るスキルを持っている方は非常に少ないので辞めません。実際問題として、パチンコホール企業としても人手不足なので辞めてほしいと思っているわけでもない。しかし負担が重い、という状況です。先ほどの評価制度の件も、報酬制度の件も、その細かな部分を修正することはできますが、それは一時しのぎのようなものであり、数年後に制度が破綻するか、次には別の問題が顕在化するでしょう。
報酬(給与)制度はどう作るべきか?
─そういった問題が起こっている大きな原因はなんでしょう?
内田 会社の将来像を想定せずに、これまで場当たり的に報酬制度を修正してきたことです。そもそも報酬制度とは、等級制度、評価制度とセットであり、これらを包含するのが〈人事評価制度〉です。そして人事評価制度は事業計画に基づくものであるべきなのです。10年後に会社組織をどうしていくのかという事業計画、事業戦略が最上位にあり、これを達成するための「人事組織戦略」に落とし込んだうえで人事評価制度を作っていかなければならないのです。

─同じパチンコホール経営企業でも、会社によって適した人事評価制度は異なるということですね?
内田 もちろんです。事業規模によっても適した人事評価制度は異なってきますが、なにより将来像により異なります。ですから私は、ご相談を受けた際には必ず、「5年後、10年後に会社をどうしたいのですか?」ということをうかがいます。それを聞かなければご提案のしようがないのです。たとえば拡大志向があり今後も新規出店、M&Aを続けていくのか。もしくは、店舗のスクラップも視野に入れて守りを固めていくお考えなのか。それぞれに「会社はどこに向かっていくのか」という事業計画があり、それに合わせた人事戦略が必要で、それに合わせた人事評価制度が必要になるわけです。もうひとつ、従業員に目を向けた場合の人事評価制度のあり方という視点もあります。
─どういうことでしょう?
内田 従業員個人の成長促進、会社からの承認、モチベーションの維持向上、エンゲージメントの向上、そういった面でも人事評価制度は重要な役割を果たしています。特に「評価制度」と「報酬制度」がきちんと連携しているかどうかは、モチベーションの維持向上に大きな影響を与えます。これがうまく回っていないと感じている人事部門の方からの相談は多いですし、従業員にとっても大事な部分だと思います。モチベーションの維持向上といったことは、10年後の会社の将来像という話と比較すると部分的な話になるので、ここに大きくフォーカスすると事業計画を達成するための人事評価制度は作れません。しかし、人事評価制度は「育成のためのツール」という機能もあるというのは重要な視点です。
これからのパチンコホールの人事制度
─事業計画を達成するには会社の成長が必要だし、会社の成長は個々の従業員の成長の先にあることですね。
内田 市場環境の変化や会社が目指す方向によって、班長・主任・副店長・店長という役職、そしてそれぞれの中の号俸に対して求める業績や能力行動を見直す必要があると私は思います。そこには、達成しなければならないこと、身につけなければならないことなどが定義されているわけですから、何を頑張ればいいかが明確になります。そして、それを目指すことが従業員の成長に繋がります。また、足りないことも明確になるので、その力を伸ばすための教育に落とし込むことができます。

─会社が目指す方向性によって、人材育成の課題も異なりそうですね。
内田 わかりやすい例が拡大志向のあるパチンコホール企業です。その場合、将来の副店長、店長を育成するために、早い段階で班長・主任を育成していかなければなりません。そのための人事評価制度を作る必要があります。またM&Aでの戦略により事業拡大をしていく企業は、他企業からの人材の受け入れの際に企業風土が合わず辞めていってしまうというリスクも抱えているので、オンボーディングを目的とした制度運用も必要になってきます。一方、小規模、中堅規模で、「守りを固めていこう」という計画の企業の場合、いまいる従業員でどう事業を回していくかということになるでしょう。その場合、既存従業員がモチベーションを保って長く働いてもらうことを念頭に、「承認」「エンゲージメント」のための人事評価制度という色合いが必要になるでしょう。
─たとえばどのような制度が考えられますか?
内田 私なら、年齢給を廃止(年次昇給を廃止)して、業績評価や能力行動評価に応じて号俸を上げ下げして、その号俸に応じて給与を上げ下げするという制度をご提案するかもしれません。重要なのは、「なぜ下がったのか」が明確で、「何を努力すればよいか」も明確であることです。パチンコホール勤務の場合、キャリアパスがわりとはっきりしているので、この制度はあてはめやすいと私は思います。
─5年先、10年先の事業計画を作ったとして、予期しない環境変化が起こる可能性もありますよね?
内田 事業戦略を変えざるを得ないほどの変化が起これば、おそらく人事組織戦略の変更も人事評価制度の変更も必要でしょう。ただし、ひとつ明らかなことは、「従業員は10年後には10歳歳をとっている」ということです。誰も辞めず新たな社員が入ってこなかったとしたら、組織の平均年齢が10歳上がるということです。従業員の方々が家族を養うための支出も増えています。これを見据えた報酬制度になっていないのであれば、現在の企業規模、会社の将来像にかかわらず、人事評価制度の見直しは必要でしょう。END

うちだ・だいすけ Bagus代表・人事コンサルタント/大学卒業後、大手パチンコホールに新卒入社。 ホール企業の報酬の変遷店舗勤務の後、新卒採用、教育研修、評価制度、労務管理と人事部門全域のマネジメントに従事。中堅ホール企業の人事部長、経営企画室長、大手外食チェーン企業の人事総務部長を経て(株)Bagus設立。現在は人事コンサルタントとしてさまざまな業界で人事評価制度構築、組織開発、採用支援、キャリアコーチと幅広く活動している。国家資格キャリアコンサルタント。

