お客様は“広告”ではなく “期待値”に並んでいる|次世代リーダーのためのマーケティング論

文 = 吉田真晃(株式会社フリコユラス 代表取締役)

ある高稼働店を視察した時の話です。パチンココーナーでは「今週のおすすめ機種」としてエヴァンゲリオン17が訴求されていました。週末の13時になる少し前、いわゆる店内が最も動く、お昼ピーク時間の少し前。コーナーを覗くと、週末ということもあり稼働率は8割前後。すでに十分に盛況感のある状況でした。それから約10分後の出来事です。

突然 店内にエヴァンゲリオンのBGMが流れ始めました。そしてBGMに合わせて、「本日もご来店ありがとうございます。……今週のおすすめ機種 エヴァンゲリオンは空き台あとわずかとなりました!」というマイク放送。

それと同時に中央通路にはスタッフの方々が集まり、「おすすめ機種」と書かれたプラカードを持ちながら「エヴァンゲリオン空き台あとわずかです!」と笑顔で案内を始めました。

印象的だったのは、スタッフの皆さんが楽しそうだったことです。「今このコーナーとても盛り上がっていますよ!」「ぜひ覗いてみてください!」という熱量が伝わってきました。

空いていた席は次々に埋まり、BGMが始まって1分ほどで満席に。しかし、本当に重要だったのはそこからでした。

BGMの残りが流れている2分くらいの間も、スタッフの方は元気に案内を続けていました。その熱気に多くのお客様が吸いこまれるように、満席になったエヴァンゲリオンコーナーに入っていき、その光景を見ているのです。

「これだけ埋まっているなら良さそうだ」「やる時はしっかりやるお店だな」と思ったはずです。

BGMが終わる頃にはスタッフの方々は、満足した表情で持ち場へ戻っていきました。わずか3分ほどの出来事です。しかし。その短時間で、「この店のエヴァンゲリオンは期待できそうだ」という印象を、多くのお客様に強く刻み込んだのです。

私はこの瞬間改めて感じました。「マーケティングとは広告を打つことではなく、期待値を設計することなのだ」と。

パチンコ業界で「マーケティング」という言葉を聞くと、LINE配信、来店告知、SNS、POP装飾といった販促物の手段のことを指していることが少なくありません。もちろん、それらも重要です。しかし、お客様が実際に反応しているのは広告そのものではありません。「この店は良さそうだ」という期待値です。特にパチンコ店は空気で判断されやすい。どれだけ良い営業をしていても、空席が多いと盛り上がって見えず、熱量が伝わらない。期待値は下がってしまうのです。

逆に、「何か盛り上がっている」「お客様が集まっている」「皆が期待している」と感じられる状況を作れた時、お客様の期待値は一気に跳ね上がります。

ここで重要なのは、「期待値は感覚論だけではなく数字で再現できる」ということです。

エヴァンゲリオンをオススメ機種に設定するとします。競合店のエヴァンゲリオン稼働率が40%だと予測した場合、自店は何%まで上げると、「あれ?こっちの方が良いのでは?」という感情がお客様の中に生まれるのか? この仮説が重要です。例えば、自店稼働率70%で競合との差が30%あると、お客様の目には「繁盛している」と映りやすくなると仮説を立てます。

圧倒的な一番店を除き、重要なのは自店単体の数字だけではありません。競合比較の中でどう見えるかです。期待値とは、絶対評価ではなく比較によって形成されるからです。だからこそ、何かをプロモーションする際には、必ずターゲットが必要になります。「誰に、どの競合との差を感じてもらい、どんな期待値を持ってもらうのか」。ここまで考えることで、販促は単なる告知ではなく、シェアを動かす戦略へ変わっていきます。

さらに重要なのは、期待値設計には、数字で考える“戦略”と、感情へ突き刺す“戦術”の両方が必要ということです。例えば今回のケースで言えば、13時に稼働率80%から満席に。ここまでは数字で管理できます。しかし、その満席をどれだけ多くのお客様に見てもらうかは、数字だけでは測れません。

今回の視察で特に印象的だったのは、単に満席を作っていたのではなく、満席を見せるところまでチーム全体が理解して動いていたことです。だからこそ、BGM、マイク、スタッフ導線、プラカード、声掛けの全ての販促が生まれたのでしょう。つまり、単なる告知ではなく、「お客様の記憶に どんな印象を残すか」が設計されているのです。

実際、販促が上手くいかない店舗ほど、「もっと告知を強くしよう」「結果が出ないので物量を増やそう」という方向に進みやすいものです。しかし、お客様の再来店の意思決定は、現場の空気で決まります。大きく告知されているにも関わらず、実際に見に行くと、空席が目立つ、盛り上がりが感じられない、スタッフの熱量も低い…。こうなると「期待していたほどではなかった」という印象が残ってしまいます。

これでは、失望をプロモーションしているようなものです。

本来、販促とは、期待値を増幅する装置です。つまり、良い状況があるからこそ、販促をすることで、より強い印象になるのです。だからこそ重要なのは販促を強くすることではなく、“販促が成立する状況を作ること”なのです。

マーケティングとは注目を集める仕事ではありません。お客様が、「また来たい」「この店を選びたい」と思う理由を積み重ねる仕事です。その期待値を感覚だけではなく、数字に置き換え可視化することで再現性が生まれます。

戦略だけでも足りない。

戦術だけでも続かない。

数字と感情の両方を行き来できる店舗が、これからさらに強くなっていくはずです。

私は今回の視察を通して日本神話の天照大御神(アマテラスオオミカミ)と天岩戸(アマノイワト)の話を思い出していました。岩戸に閉じこもった天照大御神に対して神々は岩戸の前で宴を開き、笑い声や熱気によって、「何か楽しそうだ」という空気を作りました。その空気に惹かれ天照大御神は岩戸を開き、世界に光が戻ったという神話です。

人は「来てください」だけでは動きません。「何か盛り上がっているな」「何かありそうだ」という空気に惹かれて動くのです。満席を作るだけではなく、満席を見せる。そこまで設計して初めて期待値は広がっていきます。これが、神話の時代から変わらぬ人間の本質なのだと思います。

吉田真晃(フリコユラス 代表取締役)
1994年パチンコ企業入社。21歳で最年少店長に昇格し、担当店舗を地域一番店へ育成。20店舗の統括責任者として営業戦略と店長教育を担当した後、2014年に株式会社フリコユラスを設立。これまで300店舗以上を支援。一貫して「人が動けば組織は変わる」をテーマに、経営者の想いを現場の行動へ変え、店長がお店全体を巻き込みながら主体的に動く組織づくりを支援している。研修では知識を教えるのではなく、参加者自身が答えを見つけ、成功体験を積み重ねながら成長していくことを大切にしている。

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